Q&A : 意外な事実! ディオール(Dior)編

Q&A : 意外な事実! ディオール(Dior)編

20世紀のファッション史においてシャネルと同じく大きい影響を与えたフランスのラグジュアリーブランド"クリスチャン・ディオール(Christian Dior)"その意外なビハインドストーリーに迫る!   Q.創設者クリスチャン・ディオール(Christian Dior)は元々洋服作りを目指していた人?   A.実はそうではなかった!  クリスチャン・ディオール(Christian Dior)は政治学を専攻していて、画家志望だったという意外なビハインドストーリーを持っている。ファッション業界に転身したのは中年になってからで、経済的な困難や彼自身も1930年代に病気を患ったため、運営していた画廊を閉鎖せざるを得なくなった。この状況下で、友人の勧めでファッション業界に入ることを決意し、1935年からファッションイラストレーターとして活動を始めた。 Q.代表的な「レディディオール」にあるカナージュステッチの由来は?   A.クリスチャン・ディオールが愛用していた椅子からインスパイアされた。 初のオートクチュールショーで使用したナポレオン3世時代の籐細工の椅子が非常に気に入っていったことから生まれた模様。縦横に交差するラインが格子状に編まれた独特な模様がアイコニックなバッグ「レディディオール」に反映された。   Q.クリスチャン・ディオール(Christian Dior)氏がファッションショーの最後にカーテンコールをする写真はほとんど見つからない。それはなぜ?   A.その理由はいくつかある。   1.彼はパブリックな場に出ることが少なく、自分が注目を集めるよりも、作品自体に注目をしてほしいと思っていた。 2.1940年代から1950年代初頭のファッション業界では、今のようなカーテンコールが一般的ではなかった。 3.当時の技術的に咄嗟に瞬間を記録されることが一般的ではなかったので、単純に写真の入手困難も理由の一つ。     Q.1947年に発表したディオール初の香水「ミス・ディオール」という名前の由来は?   A.友人が妹の名前を咄嗟に「ミス・ディオール」と呼んだことがきっかけ   ある日、発売予定の香水の名前を悩んでいたところ、いつもサポートしてくれる実の妹が部屋に入ってきた際に友人が彼女を「ミス・ディオール!」と呼びかけたことからそのまま香水の名前として使うと決めたそう。     Q.クリスチャン・ディオールの意外な趣味は? A.占い 彼は占い師の助言に従って重要な決断を下すことが多かったそうだ。初めてファッション業界に入る時も、占い師の助言が背中を押してくれたそう。  ...
Q&A : 意外な事実! グッチ(Gucci)編

Q&A : 意外な事実! グッチ(Gucci)編

ラグジュアリー品にあまり詳しくない人でも誰もが知っているブランド「グッチ(Gucci)」今年で創業103年になったイタリアのファッションハウスの意外なビハインドストーリーに迫る! Q.グッチの創業者であるグッチオ・グッチ(Guccio Gucci)の前職は?   A.ホテルマン 彼は若い頃、ロンドンの有名なサヴォイ・ホテルで勤めていた。裕福な顧客や上流階級の人々が持っていたホテルの中で、高級な旅行用バッグや馬具などを目にする機会が多かったのがグッチを立ち上げるきっかけとなった。   Q.今のGGロゴって誰が作ったもの? A.創業者の息子であるアルド・グッチ(Aldo Gucci) 一番最初のロゴはそこまでデザイン性があるものではないシンプルなもの。 グッチオ・グッチ(Guccio Gucci)のイニシャルからとった「GG」ロゴが考案された。1960年代以降、ブランドのシンボルとして採用され、今やグッチのアイデンティティとして定着し、世界的に認知されるようになったいる。 Q.グッチを象徴する赤と緑ウェブストライプの由来は? A.伝統的な馬具に使われていたサドルの下に敷かれる「グリードル」と呼ばれる部分のデザインから由来したもの。 ブランドが最初に裕福な顧客や上流階級をターゲットとして商品を展開していたため、高級馬具や革製品の製造を手がけていた時代の名残である。 Q.グッチのバンブーバッグになぜ竹のハンドルが使われることになった? A.当時の資材不足が背景。 第二次世界大戦後の物資不足によって、職人たちは代替素材を探していた。そこで日本やアジアの文化でよく使われる竹素材を取り入れることになったことから「バンブー」と名付けられた。  Q.グッチ家はKeringが運営しているが、昔は家族経営だったはず。家族経営ではなくなった理由は? A.家族間の権力争いと経営権を巡る対立、さらにファミリービジネスの内部紛争に起因。 権力争い、裏切り、さらには暗殺事件まで発展し、複雑な家族関係が形成されたことから経営権を失うことになる。これらの話が2021年に映画化されたのが「ハウス・オブ・グッチ」(House of Gucci)。    
ALL ABOUT : エルメスを代表する"コンスタンスバッグ"

ALL ABOUT : エルメスを代表する"コンスタンスバッグ"

“ケリー、バーキンに続くエルメスを代表するバッグ”     エルメスのコンスタンスバッグは、1959年にエルメスのデザイナーだったキャサリン・シャイエ(Catherine Chaillet)によって作られたエルメスを代表するバッグ。娘が生まれた日に最初のバッグが完成したので、娘の名前である"コンスタンス(Constance)"をバッグに名付けたというエピソードがある。 “愛せざるを得ないタイムレスピース” シンプルでエレガントなデザインは、時代を超えて愛される理由の一つ。外側はシンプルでありつつ、内部には複数のポケットと仕切りがあり、実用的かつ整理しやすい。ショルダーストラップは調整ができるので、スタイリングに合わせてかけ方を変えることもできる。 そして、最も特徴的な部分はバッグのフラップにある大きなH型のバックル。一目でエルメスの製品だとわかるので、ステータスシンボルとしても認識されているアイテム。 “セレブの必需品” 発表以来、コンスタンスバッグは多くのセレブリティやファッション愛好家に愛され続けている。特にジャクリーン・ケネディが愛用したことで、その人気はさらに高まった。 “コンスタンスのスタイリング” コンスタンスバッグは上品でシンプルなデザインなので、どの服装にも合わせやすい。がっしりとしたシェイプなので、カジュアルすぎるスタイリングよりはセミカジュアルやドレスアップした格好に合わせた方が上品に着こなせる。
ヴィクトワール・ドゥ・カステラーヌが描いたシャネルの世界

ヴィクトワール・ドゥ・カステラーヌが描いたシャネルの世界

シャネルの歴代デザイナーと言えば、創業者のガブリエル・ココ・シャネル(Gabrielle Coco Chanel)と37年間シャネルのデザイナーとして活躍したカール・ラガーフェルド(Karl Lagerfeld)。そしてこの人は欠かせない。 “ヴィクトワール・ドゥ・カステラーヌ”(Victoire de Castellane) ヴィクトワール・ドゥ・カステラーヌは1962年パリで生まれたフランスの有名なジュエリーデザイナー。彼女は1984年から1998年まで約14年間シャネルのジュエリー部門のデザイナーとして活躍し、この期間の間、シャネルのビジュアルとジュエリーデザインにおいて大きな影響を与え、彼女がデザインしたジュエリーはカステラーヌ・コレクションと呼ばれている。カール・ラガーフェルドが彼女からインスパイアされるとも言っていたぐらい、カステラーヌはシャネルの歴史には欠かせない人物。シャネルで初めてジュエリーデザインのキャリアを積み始めた彼女は、後ジュエリー部門の初代トップデザイナーに就任し、18年間活躍した。余談だが、彼女は90年代にシャネルのランウェイにも立っていた。 “デザインの特徴” カステラーヌ時代のシャネルのジュエリーはとてもユニークで華やか。想像力豊かなデザインが多い。 彼女がシャネルがで働いていた頃、よく外に出かけてアンティークジュエリーを買い求め、自分でカスタマイズをしていたと。アンティークジュエリーが持つ大胆なカラー使いと繊細なディテールが彼女が作るクリエーションにきっと影響していたのだろう。そして、彼女のジュエリーは自然、花、動物などおとぎ話に出てきそうなファンタジー的な素材からインスパイアされていたものも多く、ユーモアが溢れる。着用する人にとって、遊び心とワクワク感を与えたい気持ちがこもっている。    “どうわかる?” カステラーヌ時代のコスチュームジュエリーは刻印に特徴がある。ジュエリーについているプレート、もしくは刻印はこちら。    シャネルのヴィンテージジュエリーからこちらのプレートを見つけたら、「カステラーヌのデザインなんだ!」とわかるので、その時代ならではの美学を楽しめるはず。中には本物のアンティークのカスタマイズで世界で一点しかない希少価値高いものを見つけられるかも?
型を破って時代を作ったMarc Jacobs

型を破って時代を作ったMarc Jacobs

ルイ・ヴィトンの全盛期とも言える90年代後半から2000年代前半に欠かせない人物、「Marc Jacobs(マークジェイコブス)」1997年、彼がアーティスティックディレクターに就任した後、ルイ・ヴィトンに巻き起こした新しい風は時代を変えたと言っても過言ではない。 初登場のFW1998コレクション   1.ブランディングの変化と商品の多様化 ルイヴィトンの既存の広告キャンペーンには専門モデルを起用した高級なイメージが強かったが、マーク・ジェイコブスの新たなルイ・ヴィトンはブランドの未来につながる若者の方にも目を向け始めた。 セレブリティ、ファッショニスタをブランドのイメージモデルとして起用したり、ファッションショーに立たせて世間の注目を集めた。ダンスパフォーマンスや劇的な演出をショーに取り入れテーマに合わせた演出とストーリーテリングを導入。それだけでなく、19世紀から続いているブランドを象徴するモノグラムパターンに新色を取り入れたり、新たな素材を取り入れるなど当時としては型を破るような動きをしていたので、新しいことに敏感な若者には十分なアピールポイントがあったのだろう。 ルイ・ヴィトン 1970年代 ルイ・ヴィトン  1998年-2000年代  当時のセレブリティ、若い世代に特に人気だった  2.アーティストとのコラボレーション、限定コレクションを続々と展開マーク・ジェイコブス時代に特に目立つのが世界の色んなアーティストとのコラボレーションと限定コレクションを展開。彼の先駆けた動きはアイコニックなモノグラムパターンの魅力をより引き立てたことはもちろん、ブランドの価値が高める大きな役割をした。ルイ・ヴィトン x スティーブン・スプラウスコラボレーション2001  ルイ・ヴィトン x 村上隆コラボレーションMonogram Multicolor (2003)Cherry Blossom (2003)Eye Monogram serie (2003)Monogram cherry (2004)Monogramouflage (2008)    ルイ・ヴィトン 100周年記念コラボレーション   3.オートクチュールラインの成長 マーク・ジェイコブスのリーダーシップの下、ルイ・ヴィトンはオートクチュール分野にも新たな動きを見せた。   マーク・ジェイコブスが残した偉大な時代の遺産を取り入れあなたのクローゼットをより特別にしてみてはいかが?